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006 かささぎの  --- 中納言家持

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    かささぎのわたせる橋に置く霜の 白きを見れば夜ぞふけにける
    - 新古今和歌集 冬の部 -

    部立:冬

    2字きまり

    さぎのわたせるはしにおくしもの きをみればよぞふけにける


    「かささぎのわたせる橋」かささぎは鵲と書いて尾長鳥に似た鳥。七月七日、七夕の夜、この鳥が天の川につばさをならべて橋をつくり、織女(たなばたぼし)を渡して、牽牛(ひこぼし)に合わせるという---伝説にある天の川の橋。天の川、仰ぎ見るその天井から、宮中のきざはし(階)をさして言ったものとも思われる。
    「ふけにける」ふけてしまった。


    かささぎのかけ渡した天の川の橋に、霜がまっ白くおりている。夜がふけてしまった---という見方と
    宮中の階にまっ白におりている霜を見ると、夜がふけてしまった---という見方と、解釈の上に二つの見解がある。そのどちらにしても、ふけてゆく冬の夜の寒気が、身にしみとおるような感じが歌われている。


    作者の大伴家持は、大伴旅人の子で父子とも歌人として知られる。家持は奈良朝から、平安朝のはじめにかけて宮中につかえた。
    家持は無実の罪で都を追われたことがあったが、その死後も再び無実の罪で名をけずられ、二十年もたってから復位したという。家持の歌三首---
    ○春の野に霞たなびきうらかなしこの夕かげにうぐいす鳴くも。
    ○うらうらと照れる春日に雲雀あがりこころ悲しもひとりし思えば。
    ○海原のかすみにたなびき鶴が音のかなしき宵は国方し思ほゆ。
     

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    005 奥山に    --- 猿丸太夫

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      奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき
      - 古今和歌集 秋の部 -

      部立:秋

      2字きまり

      やまにもみじふみわけなくしかの きくときぞあきはかなしき


      「奥山に」奥山は人里はなれた深山、山奥。奥山には下の鳴くにかかるとも、聞くにかかるともとれる。
      「紅葉ふみわけ」紅葉をふみわけるのは、鹿であるとも、作者であるともとれる。
      「秋は悲しき」秋はわびしく、ものさびしい季節といわれる。この歌では、わびしいとか、さびしいとかいわないで、悲しいに飛躍して、妻恋う鹿の声によせる作者の悲しい恋が秘められている。


      秋はさびしいときであるが、奥山で紅葉をふみわけて鳴く、あの鹿の声をきく時は更にさびしく悲しい思いをする---紅葉をふみわけるのが鹿であるとすれば、こういう意味になる。紅葉をふみわけるのが、鹿でなく作者自身とすれば、
      深い山の奥にいて、紅葉の吹き散っている山路を歩いている時、ふと妻を恋慕って鳴く鹿の声を聞くと、秋のあわれを身にしみて悲しい思いが溢れてくる---妻を求めて鳴く鹿の声によせて悲しい恋を歌っている歌ということになる。


      この歌の作者 猿丸太夫についても、その伝記に異説があって「古今和歌集」には、この歌は「読人知らず」として載せられている。
      奈良時代のおわりから、平安時代のはじめに実在したともいわれるが、伝説中の人と見ていい。
      「古今集」秋の部には、鹿をよんだ次の歌もある。
      「ゆう月夜小倉の山に鳴く鹿の声のうちにや秋は暮るらん」(紀貫之)
      「山里は秋こそとにわびしけれ鹿の鳴く音に目をさましつつ」(壬生忠岑)
       

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